小説:(隔週連載)

「がんばれ!沖田君」

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主人公:沖田裕貴(32歳)、妻(30歳)、
長女(3歳)、長男(0歳)の4人家族。

※彼が体験する業界の不思議を、
中堅営業マンの目線でお話します。
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2009年 8月 2日(日)
第21話: 「音がする…コツコツ、カツ勝つ♪」
■前回のあらすじ…突然の電話が、沖田にとって10年ぶりの顧客からだった。その顧客に新ブランドの説明をしに伺うと…

「こんにちは〜沖田です。」
そう言って静岡のヤブタ本店に入っていくと、店の中から元気な声が聞こえてきた。
『あら〜!元気そうで良かったわねえ。ねえ社長、あの沖田さんよ。ほら、駐禁で会社の車を持っていかれそうになって社長と慌ててお巡りさんに謝りに行った、あの時の…』
『ああ、覚えてますよ。変わらないねえ。元気だったかい?』
「はい、お陰様で…。もう2児の父です。」
『あらまあ、あの時はまだ社会人になったばかりの青年だったのに、私たちも歳を取るはずよね。』そう言いながら、10年前の思い出話しになった。
その頃は6坪ぐらいの店で、社長と奥さんと二人で一生懸命販売をしていた。それから10年間で本店を移転し、さらに市内に支店を2店舗も出すほどの勢いであった。
しかし、社長が話し始めた内容には、メーカーとしても耳が痛く、そして考えさせられるものであった。
『沖田君と商売していた時が、うちも一番売れていたときかも知れないなあ。毎日毎日メーカーさんが来てくれて、毎日毎日お客さんに売って、とても楽しく充実していた。本当にその時のメーカーさんには助けられたと今でも思っている。でもあの時のメーカーさんで今でも続いているところは一社も無いんだよ。』
「えっ?一社もですか?」
『そう、一社も。あの時それぞれのメーカーさんも急激に売れ始めたんだと思うけど、この街の規模からすると、うちみたいな小さな店と取引きするより、大きなところと取引きしたいと思ったんだろうね。まあ企業としては当然だと思うけど…』
「そうですねえ…」と沖田も生返事であった。
『でもね、当時うちも小さかったけど、他の老舗に負けないように自分達で必死でメーカーさんを発掘しては取り引きを始めたんだよ。だから市内ではうちが1号店のはずなんだが、メーカーさんも大きくなって担当者が変わると、最初の気持ちは引き継がれないんだ。だからバッティングも平気なんだよ。うちはそのブランドを育てようと必死で、支払いや条件もすべて相手の言うとおりにしたのに…売れ始めた途端に、「もう1軒取り引きしたいのですが…」だよ。ブランドが違うならそれも判るが、同じブランドで老舗と天秤にかけると言われた瞬間にうちは手を引いたさ。それぐらいの覚悟でメーカーさんを発掘してきたからこそお客様に自信を持って勧められたんだよ。』社長の話しは続く…
『まあ、有難いことにそういうメーカーさんのピーク時ばかりで商売させてもらったからうちは良かったけどね。でも手を引いたうちが潰れずに、いつの間にかそのメーカーさんの方がなくなってるんだ。結局は地道にコツコツと努力する方が報われるのかねえ…。でも、今年の秋は初めて前年の数字を落としたんだよ、20年で初めて。だからまた新しいブランドを探し始めたんだ。それがこの間の電話だよ。バッティングは無かったんだね。』
社長の確認に大きくうなずいた沖田が、自ら担当することを条件に付け加えられて取引きを開始することとなった。沖田も願ってもない取り引きであった。

■店を辞して本社の沢田部長に報告した沖田に、そのバッティングの問題が待ち受けていた。