2010年 1月 3日(日) |
第32話: 「振り上げた拳のその先に…」 |
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■前回のあらすじ…昔の同僚が会社に面接にきたことに驚いた沖田は、その後得意先に行って、店のオーナーから彼が辞める理由を聞かされてさらに驚いた。
「相沢君から聞いた?会社を辞めること…」と店のオーナーは少し暗い顔で話してきた。
『ええ、今そこで聞いてびっくりしました。(そうか、あいつ面接のことは話してないんだ。)僕が辞める時、あいつは最後まで頑張ると言っていましたからね。本当にびっくりしました。自分から辞めるなんて…。これから子どもも生まれるのに大変ですよきっと…』
「沖田君、実はね、彼自分から言ったんじゃないらしいわよ。」
『えっ?どう言うことですか?』
「なんでも、解雇されたみたいよ。」と誰もいないのに声をひそめるオーナー。
『えっ?そうなんですか?でもどうしてそれをオーナーが知ってるんですか?』
「うちはオーダーもやってるでしょ。だから生地屋さんの方から彼の会社のことが入ってきたのよ。」
『本当ですか?それもある意味怖いですねえ…でもなんで解雇に?』と正直驚いた沖田であった。
「彼も真面目だから、展示会に出すためのプリントの柄が間に合わなくなって、背に腹は換えられず他社のプリントをコピーして出したらしいのよ。それも自分のオリジナルだと言って。」
『う〜ん、それはまずいと思うけど、よくある話しだからそれだけで解雇とは…。』
「それがね、大変なことになったらしいの。」
『はあ?』
「そのプリントをコピーした時に、そこに描かれていた柄が、実は本家本元のブランドロゴを崩した装飾文字だったらしいの。それを柄と勘違いしてそのまま出したものだから、言い逃れもできなくて、訴訟問題にまでなっちゃったのよ。つまり彼は責任を取らされたということかしら。」
『ああ、そう言うことですか。そのあとその訴訟はどうなったんですか?』
「そのプリント自体を没にして、それをやった本人は解雇、社長は監督不行き届きで減俸ということを相手に明示したから、訴訟を取り下げて示談で済んだみたい。」
『そうですか、振りあげた拳が下げられた訳ですね、ちょっとかすったけど…。しかし、あいつがそんなことをするとは。たった一度の過ちで、人生まで狂わなければいいけど、でもさっきはそんなこと一言も言わずに結構強気でしたよ。』
「そりゃそうよ、そんなこといくら元同期でも他社の沖田君には言えないわよ。それにあの会社はそうでなくても大変なんだから。私だって沖田君だから話したけど、生地屋さんには口止めしたのよ。」
『そうですよね。弱り目にたたり目ですよね、今のあの会社の場合。それに人の噂には尾ひれがつくから、こちらが煙の出所にならないように注意しないと。私も胸のうちにしまっておきます。』
「ごめんだけど、私は沖田君に話してすっきりしたわ。彼も今日でうちに来るのが最後だと言っていたからもう会わないかもね。」
『オーナー、それはわかりませんよ。同じ業界にいる限り、またどこかできっと会いますよ。特にこのお店は有名ですからね。』
「お互いに笑顔で会えればいいけどね…その時には。」
■結局沖田の会社では彼の採用はなく、この一件も沖田の胸のうちにしまわれたままだった。話せる相手がいないまま沖田はもうこのことを忘れることにした。そんな時に届いた手紙の差出人を見て新たな胸騒ぎがした。 |
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