小説:(隔週連載)

「がんばれ!沖田君」

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主人公:沖田裕貴(32歳)、妻(30歳)、
長女(3歳)、長男(0歳)の4人家族。

※彼が体験する業界の不思議を、
中堅営業マンの目線でお話します。
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2010年 2月 14日(日)
第35話: 「6尺あれば十分!」
■前回のあらすじ…地方の専門店の現状を、東京の机上で想像していた沖田は、その生きざまと考え方の違いを目の当たりに見て驚愕していた。土地代や物価が、安い高いの問題ではなかった。


「ようこそ、佐川です。」
『初めまして、沖田です。』名刺を交換した沖田は、和紙で出来たシンプルな名刺と温かみのある文字に「らしさ」を感じた。
「私のあんな手紙にすぐに電話をくれて恐縮しています。家内がベタ褒めの営業はどんな人か会ってみたくてね。申し訳ないですね自分勝手で。いつも家族に怒られてるんです。」と話すオーナーは逆に楽しそうだった。
『でも、すごい店ですね。あちらのお嬢さんの方も、こちらの店も。』
「田舎っぽくないですか?」と意地悪そうな笑いのオーナー。
『あっ、いえそうではないんです。なんて言うか、憧れと言うか、自分もお店をもつならこんな感じがいいなあ、とか。こんな生き方もいいなあ、とか。そう感じさせる何かがあるんじゃないでしょうか。まだ全てを見てないのに偉そうなこと言いますが…』
「どこで感じました?」
『敷地に入った時の空気と言うか、うまく表現出来ませんが。何だか落ち着いていて、それでいてファッショナブルなのになぜか懐かしい…何でしょうこのピッタリくる感じは…。』
「身の丈ですよ!」
『身の丈?』
「沖田さんは、棺桶を見たことはありますか?」
『棺桶?ですか?』
「そう、棺桶」
『昨年祖父を亡くし、その時に棺を持ちました。』
「その棺の大きさはどれぐらいでしたか?」
『えっ?大きさって長さですか。たぶん2mぐらいあったかな?』
「棺の長さは、昔から6尺が基本です。つまり180p。特注はあっても、日本人の棺の大きさは大体が6尺です。どんなに資産家でも土地や車を棺には入れられません。せいぜい大切にしていた宝物や思い出の品だけです。つまり、人生の最後の部屋はそんなもんなんです。だから身の丈のことを身の程とも言うんですよ。」
『それと、この店とどういう関係が…?』
「つまり、私たちは背伸びをせずに、自分達が食べて暮らせて行ければそれでいいぐらいの大きさにしようと言っています。そのためのお店であり、お客様がここで喜んでもらえるならそれ以上のことは望まんでもいいじゃないかということです。」
『すごい考え方ですね。でも商売をしているんですから、色々な経費もかかるでしょうし、お客様の要望もありますよね。』
「そう、だから家内には、できるだけ仕入れに行ってもらって、細かいけれど納得のいく商品を仕入れてもらっています。それが営業さんにはかなり成績になりにくい相手と思われているのでしょう。でも、営業さんに喜んでもらう前に、お客様に喜んでもらいたいのですよ。そしてそれが我々のできる身の程であり、身の丈なんです。つまり、うちにないものはどうぞ他で買って下さい。うちはこれしか仕入れられませんと言っています。」
『そうですか。』
「その証拠に、店の中のハンガー本数は決まっていますから、売れればその分仕入れます。もちろん納期通りに納品される商品が判っていますから、それのためにハンガーを空けて待っていたりします。だから納期にはうるさいのです。」
『着数管理ですか…すごい。』
「実はまだあるんですよ、お客様が喜ぶ奥の手がね…」

■楽しそうに話す佐川オーナーが見せた奥の手とは。その全貌が子供たちの店と共に明らかになる。