小説:(隔週連載)

「がんばれ!沖田君」

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主人公:沖田裕貴(32歳)、妻(30歳)、
長女(3歳)、長男(0歳)の4人家族。

※彼が体験する業界の不思議を、
中堅営業マンの目線でお話します。
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2010年12月 26日(日)
第57話:「生きるか死ぬか?…生きる!」
■前回のあらすじ…社長室に呼ばれ、本体ブランドの再構築のための布石として合同展を始めるという筋書きに、沖田が初めて噛みついた。

「おい、今何て言ったんだ。」と慌てた沢田部長。
『ですから、本体のために、我々が動くということでしょうか?とお聞きしたんです。』とゆっくりと、言葉をかみしめながら話す沖田。
横に座っていた藤原も、聞きながら身体を固くした。
「何をわけわからんことを言ってるんだ、沖田。」と赤ら顔の河本社長。
「本体が名も知れない合同展に出ることは、ブランドイメージがあまりにも落ちることになる。海外のメジャーな合同展なら話しは別だが、そんな費用は今うちでは出せない。それならば、妹版である愛?T?愛(aitai)で、少しでも我が社の名前をアピールして宣伝することも必要なんだよ。その方法として新しい合同展をやって欲しいと言っているんだ。」と少し落ち着いてきた河本社長。
『何故そんな手のかかることをするんですか?』とまだ納得いかない沖田。
『僕らはそんなこととも露知らず、組織変更されて、どうすれば配属された自分たちのブランドを大きくするかを一生懸命考えたんです。それが手づくりの合同展だと思ったんですよ。独立採算で事業を展開するには、どうしても経費も圧縮しなければならないし、少ない費用で効果を上げるには一番良いだろうなとも思ったんです。だから沢田部長の仕掛けにまんまと乗りましたけど、「まあいいか、頑張ろう!」と心底思ったんです。それが実は、本体の宣伝広告のためだなんて、うちのメンバーが知ったらどうなりますか。名前が売れれば本体が喜んで、ダメなら責任は僕らですか…』と涙ぐんで、鼻水まじりになって、言葉もぐちゃぐちゃになった沖田だった。
「違うぞ、沖田。」と座りなおした河本社長。
「私も部長も会社の将来のことを考えて、新たな合同展を仕掛けようとしたんだ。だから愛?T?愛(aitai)が捨石だなんてこれっぽっちも思っていない。会社としての新しい顧客を今から育てないと、今のままでは2年後にうちは亡くなるかもしれない。それぐらい本体ブランドのターゲット層は、感覚が若くなっている。いやもしかしたら若返っているかも知れない。その若返った顧客の受け皿が必要なんだ。他社に取られるぐらいなら自社で賄ったほうが良いに決まっている。そして2年後には、愛?T?愛(aitai)も更に若返らなければならなくなるだろう。その時の顧客を、今度はリニューアルした本体ブランドが引き受ける。つまり、2年後には会社全体が若返っているということだ。ただ、それまでには色々な所で血も出るし、肉も切れるだろう。だが、骨さえしっかり残っていれば倒れることはない、自立できる。そのための組織編成だ。判ってくれるか?」と諭すような口ぶりの河本社長の話しに、そこにいた全員が、同時にうなずいた。そして、
『判りました。とにかく自分たちのやるべきことをしっかり全うします。今は他のことを考える余裕はありません。あとのことは部長に任せます。』と目を合わせる沖田と藤原。そして部長に頭を下げた。

■一色即発の事態も、沖田の思いと河本社長の情熱が交錯し、気持ちを確かめ合って半歩前へ進んだようだった。そして社長室から部屋に戻った沖田のパソコンにメール着信のランプが点滅していた。