小説:(隔週連載)

「がんばれ!沖田君」

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主人公:沖田裕貴(32歳)、妻(30歳)、
長女(3歳)、長男(0歳)の4人家族。

※彼が体験する業界の不思議を、
中堅営業マンの目線でお話します。
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2011年 7月10日(日)
第70話:糸は撚る、人は寄る。
■前回のあらすじ…自社と合同展のどちらにも来てもらうにはどうすればよいのか悩んだ沖田。そして自社の展示会が始まった。

自社展にこられたお客様をもう一度合同展に呼び込むために、沖田は共通DMとは別のオリジナル招待状を作って受付で手渡していた。それは、絵手紙のような水彩画が書かれたポストカードだった。そしてその添え状には、「この絵手紙の描き方のレクチャーが、来週の合同展で下記の時間に行われます。また、同時に姓名判断のミニコーナーもあります。」とあった。しかし、初日午前中の反応はいまひとつ鈍かった。
それもそのはずで、来週に合同展が開催されると聞かされても、地方からはなかなか何度も上京は難しいとのことだった。
それでも「この人は有名なひと?」とか「私でも出来るのかしら?」と、興味を示してくれるお店の方も多かった。特に専門店の女性オーナーの反応は良かった。
姓名判断の人気占い師コーナーも設けるので、ぜひ占ってもらって下さいとも告知した。「個人名でもお店の名前でもOKですよ。時間は約5分ぐらいですが、かなりの確率で当たりますから…」と付け加えた。
「沖田君、この人知り合いなのか?」と、受付で立っていた沢田部長までが聞いてきた。
『知り合いも何も、実は私の叔母です。結構いろんな百貨店やらイベントに呼ばれてやってますよ。たまたま来週の予定を聞いたら、この時間帯ならOKと言ってくれましたので、急遽出演依頼をしました。』と笑う沖田。
「でも考えましたねえ、沖田さん。」と接客が一段落した藤原が、受注書の数字を計算しながら割り込んできた。
「間違えるぞ!」と叱りながら部長の沢田も「しかしたくさん描いてくれたんだなあ、この絵手紙。」と感心していた。
『ああ、これは叔母のストックですから心配は要りません。まだまだありますよ。あと叔母の友達で、いつもイベントで一緒になる姓名判断の占い師も呼びました。この人が結構イケメンで若い女性に人気なんです。僕も占ってもらいましたが、見事に当たっているので、驚きますよ。』とにこやかな沖田。
「面白いなあ、それ。でもさっきのお客さんも、実は前から絵手紙描きたかったから、来週は必ず行くと言ってくれましたよ。理由は不純ですが結果オーライですよね。」と藤原。
『そうさ、誰にも迷惑を掛ける訳ではないし、来客の呼び水となれば良いですよね。ただ場所が少しいるので、それは参加メンバーにも了解をもらいました。みんな喜んでくれましたよ。逆に常設でないのが残念と言った人もいたなあ。』と安堵する沖田。
何とか来週の合同展に向けての細い糸がつながったのがとても嬉しかった。
そして、4日間の自社展が終了し、思った以上にイベント開催告知の効果もあったようで、本体ブランドの取引先の来場も見込めそうだった。
そして合同展本番直前の月曜日。
いよいよ搬入の準備が始まった。初めてという緊張感はあるが、5社ともにすでに仲間意識もあり、和気あいあいとそして着々と準備が進行していった。
『ご苦労様でした。じゃあ明日、9時30分に集合してください。朝礼を行いますから。』と、各ブースに声を掛ける沖田に、みんな笑顔で応えた。
『いよいよ明日だ!』と会場を出た沖田は、すでに日が落ちて満月がのぼった空を見上げた。とその時、携帯が鳴った。

■明日、すべてがはじまる。